胸が息苦しくて、ドキドキしてしんどい・・・が改善された2つの方法(うつ病、自律神経失調症)

人生良くなる話
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

僕は最近ずっと続いていた息苦しさがだいぶ解消できてきたので、その改善方法をブログに書いていこうと思う。

僕はここ3ヶ月、胸の息苦しさが強く、生活するのがかなりしんどかった。

胸がキューっと圧迫されていて、まるで水の中で息をずっと止めて、ようやく空気を吸えてハアハアしている感じが、ずっと続いているような苦しさである。

それもほぼ1日中である。

胸がずっとしんどいから好きなことをしようとしても、なかなか楽しいと感じることも出来なかった。

精神的に効果のある瞑想をしようとしても、呼吸の仕方がおかしくて上手くできない感じもあった。

 

そしてようやく息苦しさが起こる理由が分かった。

物理的には、緊張状態にさらされて肺が大きくなり心臓や肋骨が圧迫されるためにおこる息苦しさ。

精神的なきっかけは、自己嫌悪と反芻思考(はんすうしこう)であると考えた。

 

僕は反芻思考がかなり強く、ネガティブなことを1日に何回も思い返す。

例えば、職場の誰かが何かを話している時、もしかしたら自分がミスをおかしたのかもしれない。嫌われてしまったのかもしれない。これから僕にそれを説教しに来るんだ怖い!と急に妄想が繰り返し出る。すると急に息苦しくなり人の顔を見ることができなくなったり、動揺したり、暗い顔になったり、人を信じることができなくなる。

一度息苦しさが出るとなかなかおさまらず、ずっとしんどい。頭がそのことでいっぱいで、仕事がなかなか進まない。

そして反芻思考を繰り返していくと、やっぱり僕はだめな人間なんだ、嫌われているんだ。と勝手に自己嫌悪に落ち入りさらにメンタルが落ち込む。

僕の自己嫌悪をさらに加速させているのは、昔のイケてた自分と今のダメな自分を比べているところ。学生の頃は人と普通に会話できてたし、よく笑って明るかったのに、今はなんでこうなってしまったんだ?おかしい!みたいな。

それが余計に今の自分がダメな気がして嫌になる。

 

でも、そんな息苦しさをだいぶ解消することができてきた。

 

その方法は

今の自分に許可を出すこと」と、

考えないようにすること」である。

 

今の自分に許可を出すをどういう風にやるのかというと、

「無理に人の顔を見なくてもいい。」「見たとしても何もおこらない。」「無理して笑わなくてもいい」「笑えなくてもそれが普通」「息苦しくなってもいい」「どんな状況でも安心してもいい」「人と対面しても無理して話そうとしなくていい」などを唱えることである。

 

例えば、

被害妄想が出て、人の顔を見ようとするけど変な感じに目を逸らしてしまった時。

一瞬「また目を逸らしてしまった!人に嫌な思いをさせてしまったかもしれない!また嫌われるかもしれない・・・」と思考が駆け巡り。キューっと胸が苦しくなってくる。

その時に「無理に目を合わせる必要もないんだった、別に目を合わせなくてもいいんだ!」「それに、目を合わせても自分に何か危害が加わることはないよ」と唱えると、スーッと胸の息苦しさがウソのように消えてくる。

息苦しさがなくなると、目を合わしてはいけないという抵抗感がなくなり、普通に見れるようになる。

 

これをやったらかなり生活しやすくなった。

 

ここでのポイントは、

嫌な思いをさせるから目を逸らしてはいけない

目を合わせなくてもいい、逸らしてもいい

と、いけないことをしてもいいと許可を出すことである。

 

僕は「してはいけないこと」「こうすべきこと」が多すぎて自分を苦しめていることが分かった。

「常に明るくなきゃいけない」「笑顔でいなきゃいけない」「早寝早起きしなきゃいけない」「だらだらしてはいけない」「長時間ゲームをして夜更かししてしまってはいけない」「嫌われてはいけない」「変なことを言ったら嫌われる」「人が近寄ってきたら話をしないといけない」「ネガティブになってはいけない」

そうしないとダメな自分になる、みたいな。

 

こういうことをしてもいいと許可を出すと、かなり心が軽くなることが体感としてわかった。いい意味でいい加減に生きるとは、こういうことなのか。

そして、胸が息苦しくなりそう、なった時に毎回それを唱えていくと、だんだん息苦しさの度合いが小さくなり、それが普通になっていくのを感じた。

 

 

もう一個の「考えないようにすること」は

妄想で息苦しさが出た時に「とりあえず夜に妄想することにしよう」と先延ばしにすることである。

そして夜になったら「また朝に妄想することにしよう!」と永遠に先延ばしにする。

そうすると反芻思考がなくなり今の現実に思考を使うことができるから、周りで面白そうな話をしていたら、それを聞くことができて一緒に笑うことができたり、仕事の内容がしっかり耳に入るようになった。

妄想の代わりにやりたいことやゲームなどの好きなことを考えるようになると、「今は被害妄想して暗くなる必要なんてないんだ!」そんなふうに思うようにもなった。

 

今後もこの二つを試してみて、より改善に向かっていけばいいなと思っている。

 

 

でも、

一番改善に役立ったのは信頼してくれている仲間と環境があったからだと思っている。

毎日怒られるような環境ではなかなか改善出来なかったと思うので、辛い環境から逃れて、安心できる環境で少しずつメンタルを戻し、社会生活に馴染ませるという方法は理にかなっていると思う。

 

 

さいごに

被害妄想や反芻思考は悪いことばかりではなく、いい面も持っていると僕は感じている。

僕の場合、ポジティブなことも反芻思考が適応され、1日がうまくいった日は仕事帰りなどに何回もうまくいったことを思い返し嬉しい気分になれる。絵が上手くなったと感じた時も、「僕は絵がうまい」が何回も脳の中を駆け巡り、他の人より数倍自信がつく。

 

もう一ついいことは、いろんな妄想が頭の中で駆け巡っているので、関係ない思考が組み合わされて、新しいアイデアが出やすいということ。アーティストは心が繊細な方が多いと感じているけど、その分普通の人よりいろんな発想ができると思っている。

 

つまり、反芻思考はネガティブなことは考えないようにして、ポジティブなことには何回も反芻することで楽しい毎日を過ごせるのではないか?と思うようになった。

 

これからも逃げずに向き合って、メンタル面の改善方法を考えて試していこうと思う。